プロフィール
はじめまして、
ようこそ当ブログにお越しくださいました。
このブログは、
- 現在41歳、
- 南箕輪村に移住して7年目の私が、
- 久しぶりにバスケをしたくなり
- 村内で気軽にバスケする場があればいいのにな〜と思って、
- 独自に動き出した過程を記録するもの
です。
そしてこの記事では、
自己紹介兼ねて、
- 「幼少期からの私のバスケ歴」
- 「なぜ今回こういうサイトを作ったのか」
を載せておきたいと思います。
ちょっと長いので、
興味がある方だけテキトーに読んでいただけたらと思います。
内容を一言で言うと、
- 高校までバスケやってた今41歳のおじさんが、
- 10年以上のブランクと運動不足とケガを乗り越えて
- 今住んでる南箕輪でバスケ自主練始めるよー
- ゆくゆくは、みんなでワイワイバスケ自由開放的なことになれば良いなー
って話です。
それを長々と話しているのがこちら↓です。
私のバスケ歴
バスケを始めたのは小3
私がバスケを始めたのは小学3年生のころ。
すでにバスケをしていた2つ上の兄の影響でした。
ちょうど世間では『SLAM DUNK』の連載が始まったところ。
毎週テレビでアニメを見ては刺激を受け、
家の庭にはバスケットゴールを買ってもらいました。
幸い、家の周りにはあまり他の家がなかったので、
夜に電気をつけてバスケをしていたことも覚えています。
もちろん昼間も、小学校の友達を誘ってよくやってましたね。
ミニバスには小5くらいに入りましたかね。
中学でもバスケ部
そして兄は中学でバスケ部のキャプテンになり、
その背中を追いかけるように、私もどんどんバスケにのめり込んでいきました。
中学3年生のときには、
当時、県内トップクラスだった東海大三高校(現・東海大学付属諏訪高校)のセレクションを受けに行き、
推薦で入学できることになりました。
高校でもバスケ部
高校では厳しい寮生活を送りながら、朝晩のハードな練習。
全国レベルの練習環境や、
全国大会、
また全国の強豪校との合宿など、
今振り返っても非常に濃密な高校時代でした。
……とはいえ、
もっと真面目にバスケに取り組めばよかったな、という後悔もあります。
当時は身体づくりや栄養についての知識もなく、
今思えばもっともっとできることがありました。
(情報源が今より圧倒的に少なかったですからね)
それでも、
あの頃に経験したバスケは、
今の自分の基盤になっているのは間違いない事実ですね。
バスケから離れた時間
高校卒業と同時にバスケも
高校卒業後は、そのまま東海大学に行ってバスケを続けるという選択肢もありました。
しかし私は大学には行きませんでした。
当時はまだ日本にプロのバスケリーグがなく、
大学でバスケを続けることが、その先の仕事につながるイメージを持てませんでした。
また、家庭の事情と、母が看護師だったこともきっかけになって、
私は看護師の道へ進みました。
そこからは多忙な日々に追われ、バスケから離れていきました。
専門学校があった横浜での学生生活では、
毎晩飲み歩き、タバコも吸って不健康生活まっしぐらでした。。
今思えば、あれでずいぶん運動からも遠ざかりましたね。
でもやっぱり、
たまに『海の見える公園』のストリートコートでシュート打ったりはしてましたね。
看護師になりさらにバスケが遠ざかる
看護師の資格を取り、昼夜問わず仕事するようになって、
さらに運動から遠ざかりました。
その後は看護師として東京や沖縄など、いろいろな土地で働きました。
ところどころでストレス解消のために
体育館を個人で借りて、シューティングすることはありましたが、
本格的に取り組むことはありませんでした。
そんな状態のまま30代に。
地元帰省からのバスケ復帰
結婚と出産を機に地元に戻り、小学生時代の友人と再会しました。
そしてそこから縁がつながり、「社会人バスケをしたい」仲間が集まり、チームを結成。
バランスの取れたとても良いチームでした。
結果的に長くは続きませんでしたが、
あの時間はまさに第2の青春という感じで、とても楽しかったのを覚えています。
しかし体がついていかず怪我ばかり
楽しかった一方で、
長いブランクを経て急にバスケを再開したことで、
体への代償もかなりありました。
〖動けるけど、土台となる体は持ちこたえられていない〗
という、まさに
諸刃の剣状態。
その結果、
- ジャンパーズニー、
- 膝蓋腱炎や(↑と同じか?)
- 足首の靭帯断裂、
- 剥離骨折など、
いくつもの故障を経験。
手術は不可能で、
整形外科でのリハビリも効果なし。
そして気がつけば、
またバスケから離れていました。
そこからコロナ禍も挟み、約10年。
気分はもう、
バスケからとっくに引退している隠居老人。
体育館で「これだ!」とバスケを思い出した日
そんな私に先日、
以前一緒にチームを組んでいた先輩から連絡が来ました。
「久しぶりに地元の大会に出てみない?」
以前から「あの大会、まだやっているのかな」と気にはなっていました。
最後に出たのは13年前かな?
《2013年かな?13年前に大会に出たときの写真》
気になっていても、自分から調べることはありませんでした。
だから誘ってもらえたことは、とてもとても嬉しかったんです。
その一方で、
「今の自分にできるのか?」
という不安もありました。
怪我も慢性化してるし。
そこで久しぶりに体育館を借りて、
一人でシューティングをしてみました。
コロナ禍で体育館が使えなくなって以来です。
そしたら、、、
シュートは届かない Σ( ̄ロ ̄lll)
ドリブルが四十肩に響く (>_<)
ボールは手につかない (゚д゚)
足は痛い _| ̄|○
すぐに息が切れる (*´Д`)
ささらほうさら(笑)
でも、
体育館に入った瞬間に感動したんです。
- 体育館の匂い
- ボールの弾む音、感触
- ゴールのたたずまい
- あの空気感
- バッシュの音
それが楽しくて嬉しくて、
「これこれー!」
と、1人でテンション爆上がりでした。
「今の自分に足りなかったのはこれだったんだ!」
と、
天から納得感が降ってきたような感覚を覚えています。
その後、
これまた久しぶりに、
以前参加していたバスケクラブ
(同年代~先輩方が多いバスケサークル)
にも顔を出しました。
私は隅っこで
ドリブルやシューティングをして、
5対5などのゲームには参加せずでしたが
それでも楽しかった。
体育館でバスケをしているという空気感。
そのとき、
41歳にして改めて思いました。
やっぱり自分の人生には、バスケが必要なんだ。
41歳、もう一度動ける身体をつくる
『バスケが必要なんだ…!』
と気付いたとはいえ、
身体はガタガタです。
少しでも動けるように、
そして膝や足首への負担を減らすために
まずは散歩から始めました。
膨らんだソフトな下っ腹をどうにかしようと
毎朝歩いて腹筋をして、
ストレッチをして、
同時に、
もう40オーバーのおじさんなので、
健康維持のためにも
食事も見直して、プロテインも飲み始めました。
アミノ酸やサプリメントも。
少しずつ生活を変えていきました。
今では、8月の大会に向けて
毎日ランニングをして、
早朝にジムで日替わり筋トレをしています。
まだまだ身体は痛いし、体力も戻りません。
それでも、少しずつ調子が上がってきている実感があります。
昔のように動ける身体を取り戻そうとは思っていません。
41歳の自分には41歳なりのバスケがあるはず。
それをするにも身体が資本。
さて、どこまでやれるのか。
自分自身でも楽しみながら実験している感覚です。
そして、南みのわでバスケする🏀へ
身体の準備とは別に、もう一つやりたいことが出てきました。
それは、
近所でバスケできる環境がほしい
ってこと。
そして、実は同じような気持ちの人は意外といるんじゃないか、ということ。
クラブチームに入るほどガチではない
私は今、長野県南箕輪村に住んでいます。
バスケをするために毎回遠くの体育館まで行くのではなく、
できれば住んでいる場所の近くで気軽にバスケがしたい。
そして、
同じ南信には伊那や駒ケ根や飯島町など、定期的にバスケをしている場所があります。
岡谷や諏訪あたりもバスケできる場が盛んですね。
今いる南箕輪にもクラブチームがありますし、毎週活動しているところもあるようです。
でも、私自身は、
いきなりクラブチームに入ってゲームをするほど体力の自信はありません。
ただ1人でも近場で自由にバスケしたいだけ
まずは一人でシューティングしたい。
それも立派なバスケですし。
ドリブルだけでもいい。
調子が悪ければ体育館の雰囲気を味わうだけでもいい。
そんなもっと自由なバスケの場所があったらいいなと思いました。
私は以前、
中学生のバスケ部で土日のコーチをしてほしいと声をかけていただいたことがあります。(光栄です)
実際に何度か足を運んでみました。
でも、
どうも自分には指導は向いていないようだ、と感じました。
自分自身が感覚でバスケをしてきたので、理論的に説明するのが苦手です。
白か黒かをつけるのが苦手なので、審判もしたくない。
リーダーシップをとってチームを運営したいわけでもない。
ただ、バスケが好きで、長くバスケがしたい。
それだけなんです。
だったら、
一人で体育館を借りて、
自分がシューティングをする。
『ご一緒もどうぞどうぞ』くらいな温度感
もしも「一緒にやりたい」という人がいたら、
「どうぞどうぞ、ご一緒にやりましょう」
くらいでいいんじゃないか。
そう考えるようになりました。
ケガ明けや持病持ち、ブランクがあって、
いきなりクラブチームに入るのはちょっと不安。
私のように内向的で
顏のわからない初対面の人たちの中に入っていくのが苦手。
でも、バスケは好き。
そんな人が、もしかしたら自分以外にもいるかもしれません。
大人でも、親世代でも、学生でも。
「部活に入るほどではないけれど、バスケはしたい」
そんな人もいるかもしれない。
もしも噂が広まって人が集まればゲームをするのもいい。
集まらなければ、一人でシュートを打って帰る。
決め事はできるだけ少なく。
自由に。
気軽に。
そんなバスケの空間が南箕輪村にあったら面白いな。
そんなことを考えながら、このサイトを始めました。
ここから先は、まだ何も決まっていません。
私は本当に体育館を借りるのか?
体育館を借りても体育館に行くのか?
本当にこの先、人が増えるのか?
永遠に1人シューティングなのか?
そもそも自分がどこまで続けるのか。
明日終わるのか?
始まらないのか?
今後どんな形になっていくのか。
私自身にもまだ分かりません。
ただ一人で体育館に行って、
ひたすら3時間くらいシュートを打つだけでも、
私はたぶん相当楽しい。
そこにたまに誰かが来たら、
また別の楽しみが生まれるかもしれない。
そんな感じで、無理なくやっていこうと思います。
41歳のバスケ再開。
その先に何があるのか。
それをこのブログに記録していきたいと思います。
「南みのわでバスケする!🏀」
