はじめまして、

ようこそ当ブログにお越しくださいました。

 

ここでは、

「幼少期から始まる私のバスケ歴」

から

「なぜ今回こういうサイトを作ったのか」

までを

載せておきたいと思います。

 

ちょっと長いですが、もしも興味があれば。

バスケを始めたのは、小学3年生

私は小学3年生のころ、

2つ上の兄の影響でバスケットボールを始めました。

 

ちょうど世間では『SLAM DUNK』の連載が始まったころ。

毎週テレビでアニメを見ては刺激を受け、

家の庭にはバスケットゴールを買ってもらいました。

 

幸い、家の周りにはあまり家がなかったので、

夜に電気をつけてバスケをしていたことも覚えています。

 

兄は中学でバスケ部のキャプテン。

その背中を追いかけるように、私もどんどんバスケにのめり込んでいきました。

 

中学3年生のときには、

当時県内トップクラスだった東海大三高校(現・東海大学付属諏訪高校)のセレクションを受け、

推薦で入学することになりました。

 

高校では寮生活を送りながら、朝晩の練習。

全国レベルの練習環境や、

全国大会、全国の強豪校との合宿など、

今振り返っても非常に濃密な高校時代でした。

 

……とはいえ、

もっと真面目にバスケに取り組めばよかったな、という後悔もあります。

 

当時は身体づくりや栄養についての知識もなく、

今思えばもっとできることがありました。

 

それでも、

あの頃に経験したバスケは、今の自分の基盤になっているのは間違いない事実です。

バスケから離れた時間

高校卒業後は、大学でバスケを続けるという選択肢もありました。

しかし私は大学には行きませんでした。

 

当時はまだ日本にプロバスケがなく、

大学でバスケを続けることが、

その先の仕事につながるイメージを持てませんでした。

 

家庭の事情と、母が看護師だったこともきっかけになって、

私は看護師の道へ進みました。

 

そこからは仕事や生活に追われ、いつしかバスケから離れていきました。

 

専門学校があった横浜での学生生活では、

毎晩飲み歩いたり、友人と遊びふけったり、タバコを吸ったり。。。

今思えば、ずいぶん運動から遠ざかった時期です。

 

その後、

看護師として東京や沖縄など、いろいろな土地で働きました。

ところどころでバスケをすることはありましたが、本格的に取り組むことはありませんでした。

 

そんな状態のまま30代に。

 

結婚と出産を機に地元に戻り、小学生時代の友人と再会しました。

そしてそこから縁がつながり、「バスケをしたい」仲間が集まり、チームを結成。

バランスの取れたとても良いチームでした。

結果的に長くは続きませんでしたが、

あの時間はまさに第2の青春という感じで、とても楽しかったのを覚えています。

 

ただ、

長いブランクを経て、急にバスケを再開した代償もありました。

〖動けるけど、体は持ちこたえられない状態〗

膝蓋腱炎や足首の靭帯断裂など、

いくつもの故障を経験。

手術は不可能でリハビリも効果なし。

そして気がつけば、またバスケから離れていました。

 

そこからコロナ禍も挟み、約10年。

 

体育館で「これこれー!」と思った日

そんな私に先日、

以前一緒にチームを組んでいた先輩から連絡が来ました。

 

「久しぶりに地元の大会に出ない?」

 

以前から「あの大会、まだやっているのかな」と気にはなっていました。

でも、自分から調べることはありませんでした。

だから誘ってもらえたことはとても嬉しかった。

 

その一方で、

「今の自分にできるのか?」

という不安もありました。

 

そこで久しぶりに体育館を借りて、

一人でシューティングをしてみました。

 

コロナ禍で体育館が使えなくなって以来です。

 

シュートは届かない   Σ( ̄ロ ̄lll)

ドリブルで四十肩が痛い (>_<)

ボールは手につかない  (゚д゚)

足は痛い        _| ̄|○

そしてすぐに息が切れる (*´Д`)

 

でも、体育館に入った瞬間、

  • 体育館の匂い。
  • ボールの弾む音、感触。
  • ゴールのたたずまい。
  • あの空気感。
  • バッシュの音。

それが楽しくて嬉しくて、

「これこれー!」

と、1人でテンション爆上がりでした。

 

「今の自分に足りなかったのはこれだったんだ!」

と、

天から納得感が降ってきたのを覚えています。

 

その後、

これまた久しぶりに、以前参加していた同年代~先輩方が多いバスケサークルにも顔を出しました。

私は隅っこで

ドリブルやシューティングをして、

5対5などのゲームには参加せずでしたが

それでも楽しかった。

体育館でバスケをしているという空気感。

 

そのとき、

41歳にして改めて思いました。

やっぱり自分の人生には、バスケが必要なんだ。

41歳、もう一度動ける身体をつくる

バスケが…!

と気付いたとはいえ、身体はガタガタです。

 

 

膝や足首への負担を減らそうと、

まずは散歩から始めました。

 

膨らんだソフトな下っ腹をどうにかしようと

毎朝歩いて腹筋をして、

ストレッチをして、

 

健康維持のために

食事も見直して、プロテインも飲み始めました。

アミノ酸やサプリメントも。

 

少しずつ生活を変えていきました。

 

今では、8月の大会に向けて

毎日ランニングをして、

早朝にジムで日替わり筋トレをしています。

 

まだまだ身体は痛いし、体力も戻りません。

それでも、少しずつ調子が上がってきている実感があります。

 

昔のように動ける身体を取り戻そうとは思っていません。

41歳の自分には41歳なりのバスケがあるはず。

それをするにも身体が資本。

 

さて、どこまでやれるのか。

自分自身でも楽しみながら実験している感覚です。

そして、南みのわでバスケする🏀へ

身体の準備とは別に、もう一つやりたいことが出てきました。

それは、

近所でバスケできる環境がほしい

ってこと。

 

私は長野県南箕輪村に住んでいます。

 

バスケをするために毎回遠くの体育館まで行くのではなく、

できれば住んでいる場所の近くで気軽にバスケがしたい。

 

そして、

同じく南信には伊那や駒ケ根や飯島町など、定期的にバスケをしている場所があります。

南箕輪にもクラブチームがありますし、毎週やっているところもあるようです。

 

でも、私自身は、

いきなりクラブチームに入ってゲームをするほどの自信はありません。

 

まずは一人でシューティングしたい。

それも立派なバスケです。

 

ドリブルだけでもいい。

調子が悪ければ体育館の雰囲気を味わうだけでもいい。

 

そんなもう少し自由なバスケの場所があったらいいなと思いました。

 

私は以前、

中学生のバスケ部で土日のコーチをしてほしいと声をかけていただいたことがあります。

 

実際に何度か足を運んでみました。

 

でも、どうも自分に指導は向いていない。

自分自身が感覚でバスケをしてきたので、理論的に説明するのが苦手です。

 

白か黒かをつけるのが苦手なので、審判もしたくない。

リーダーシップをとってチームを運営したいわけでもない。

ただ、バスケが好きで、長くバスケがしたい。

それだけなんです。

 

だったら、

一人で体育館を借りて、

自分がシューティングをする。

 

もしも「一緒にやりたい」という人がいたら、

「どうぞどうぞ、ご一緒にやりましょう」

くらいでいいんじゃないか。

 

そう考えるようになりました。

 

ケガ明けや持病持ち、ブランクがあって、

いきなりクラブチームに入るのはちょっと不安。

 

私のように内向的で

顏のわからない初対面の人たちの中に入っていくのが苦手。

でも、バスケは好き。

 

そんな人が、もしかしたら自分以外にもいるかもしれません。

 

大人でも、親世代でも、学生でも。

「部活に入るほどではないけれど、バスケはしたい」

そんな人もいるかもしれない。

 

 

もしも噂が広まって人が集まればゲームをするのもいい。

集まらなければ、一人でシュートを打って帰る。

 

決め事はできるだけ少なく。

自由に。

気軽に。

そんなバスケの空間が南箕輪村にあったら面白いな。

 

そんなことを考えながら、このサイトを始めました。

ここから先は、まだ何も決まっていません。

私は本当に体育館を借りるのか?

体育館を借りても体育館に行くのか?

本当にこの先、人が増えるのか?

永遠に1人シューティングなのか?

そもそも自分がどこまで続けるのか。

明日終わるのか?

始まらないのか?

 

今後どんな形になっていくのか。

私自身にもまだ分かりません。

 

ただ一人で体育館に行って、

ひたすら3時間くらいシュートを打つだけでも、

私はたぶん相当楽しい。

 

そこにたまに誰かが来たら、

また別の楽しみが生まれるかもしれない。

 

そんな感じで、無理なくやっていこうと思います。

41歳のバスケ再開。

 

その先に何があるのか。

 

それをこのブログに記録していきたいと思います。

 

「南みのわでバスケする!🏀」